基礎医学研究
基礎医学研究について
当教室では、多様ながん腫のなかでも特に予後不良な消化器系がんの研究に重点を置き基礎研究を行っています。また、原発不明がんや希少がんなど未だ標準治療が確立していないがん腫においても新たな治療法の開発を目指して研究を行っています。
①がんの発生メカニズムの解明と予防法の開発
②難治性がんに対する新規治療法の開発
③臨床検体を用いた個別化医療の開発
④有望な研究シーズの探索的医療開発
⑤臨床からの研究課題の草案
⑥研究成果の臨床応用化
基礎研究では培養細胞、3Dオルガノイド培養、マウス、臨床検体などを用いて分子生物学的な基礎実験を行っています。臨床に役立つ治療法の開発へ向けて基礎研究の充実は欠かせないものと考え、さらに研究で得られた知見を臨床応用することを目標に基礎研究に取り組んでいます。
①がんの発生メカニズムの解明と予防法の開発について
我々の研究室が最も注力して長く研究を行っているのが、食道扁平上皮がんの発生メカニズムの解明に関する研究分野です。食道がんの原因として最も重要な発がん物質であるアセトアルデヒドを、ヒト食道から分離培養した食道上皮細胞に曝露し、生じる細胞傷害の機序や細胞応答を検証しています(論文1,2)。さらにレンチウイルスを用いて遺伝子改変細胞を作成し、食道上皮に生じる形態変化や蛋白機能の変化を解析して、食道がんのバイオロジーに関する知見を獲得しています(論文2)。さらに、食道がんの疫学的因子として重要な、ALDH2遺伝子を改変したAldh2ノックアウトマウスや、ALDH2*2ノックインマウスを用いて、アルコール飲酒に起因する食道発がん機序に関する知見を報告しています(論文2,3,4)。最近では、食道上皮の臨床検体を用いて次世代シークエンサーで詳細に検討を行い、加齢や発がんリスク物質の摂取により、食道上皮に遺伝子異常が蓄積して食道発がんに至る機序をNature誌に報告しました(論文5)。また、近年発展したスーパーコンピューターを駆使したin silico研究(論文6)で、ALDH2と結合する化合物をバーチャルでスクリーニングを行うような研究も進行中で、こうした知見をもとに発がん予防につながる創薬開発を目指したいと考えています。
- Muto M, et al. Field effect of alcohol, cigarette smoking and their cessation on the development of multiple dysplastic lesions and squamous cell carcinoma : Long term multicenter cohort study. Gastro Hep Advances. 2022;1:265-276.
- Amanuma Y, et al. Protective role of ALDH2 against acetaldehyde-derived DNA damage in oesophageal squamous epithelium. Sci Rep. 2015;5:14142.Amanuma Y, et al. Protective role of ALDH2 against acetaldehyde-derived DNA damage in oesophageal squamous epithelium. Sci Rep. 2015;5:14142.
- Yukawa Y, et al. Impairment of aldehyde dehydrogenase 2 increases accumulation of acetaldehyde-derived DNA damage in the esophagus after ethanol ingestion. Am J Cancer Res. 2014;4(3):279-84.
- Hirohashi K, et al. Protective effects of Alda-1, an ALDH2 activator, on alcohol-derived DNA damage in the esophagus of human ALDH2*2(Glu504Lys) knock-in mice. Carcinogenesis. 2020;41(2):194-202.
- Yokoyama A, et al. Age-related remodelling of oesophageal epithelia by mutated cancer drivers. Nature. 2019 ;565(7739):312-317.
- Matsumoto S, et al. E487K-induced disorder in functionally relevant dynamics of mitochondrial aldehyde dehyderogenase 2. Biophys J. 2020;119(3):628-637.
②難治性がんに対する新規治療法の開発
難治性がんに対する新規治療法開発として、これまで薬剤耐性機序の解明とその克服を目指す研究を行ってきました(論文7,8,9)。近年はDNA damage response (DDR)を標的とした抗がん治療戦略の確立を目指し基礎研究を進めています。既存の抗がん剤治療ではいまだ十分な奏効率が見込めていない薬物療法の現状の中、新たな治療戦略を確立することには意義があると考えます。我々はがんの特性に応じた治療戦略を考慮するうえで、特にDDRを強く誘導する抗がん剤と、そのDNA修復応答を阻害する薬剤との併用が、抗がん剤の腫瘍効果を効率よく高めることを見つけ、有効性や放射線の感受性増強作用などを報告しました(論文10)。我々の研究室ではこのように臨床応用へ向けてのProof of concept(POC)の樹立を目指し、基礎研究を進めています。
- Kikuchi O,et al. Novel 5-fluorouracil-resistant human esophageal squamous cell carcinoma cells with dihydropyrimidine dehydrogenase overexpression. Am J Cancer Res. 2015 ;5(8):2431-2440.
- Yoshioka M,et al. Distinct effects of EGFR inhibitors on epithelial- and mesenchymal-like esophageal squamous cell carcinoma cells. J Exp Clin Cancer Res. 2017:36(1):101.
- Mizumoto A, et al. Combination treatment with highly bioavailable curcumin and NQO1 inhibitor exhibits potent antitumor effects on esophageal squamous cell carcinoma. J Gastroenterol. 2019;54(8):687-698.
- Ohashi S, et al. Synthetic lethality with trifluridine/tipiracil and checkpoint kinase 1 inhibitor for esophageal squamous cell carcinoma. Mol Cancer Ther. 2020;19:1363-72.
③個別化医療の開発
臨床検体を用いた個別化医療については、遺伝子診断技術の進化で、クリニカルシークエンスが普及し、様々な遺伝子変異が検出され、患者の腫瘍特性に応じて、個別に効果の期待できる有望な治療薬を得ることができる機会が増えた一方で、まだ機能のわかっていない遺伝子異常も多く見つかるようになったため、その解釈が難しくなることを臨床の現場で感じます。我々は、そうしたクリニカルシークエンスで得られた未知の遺伝子異常について、その機能を明らかにする基礎研究を行い報告しました。
また、がん患者のがん組織から作成したPatient-derived xenograft(PDX)腫瘍やオルガノイド、また鶏卵の漿膜に腫瘍を移植して患者由来腫瘍を実験的に増幅し、薬剤スクリーニングを行って、臨床応用するようなスキームを考え研究を進めています。
④有望な研究シーズを臨床応用する探索的医療開発
京都大学の基礎講座や企業で開発された有望な研究シーズを臨床応用するための探索的な医療開発も積極的に行っています(論文11,12)。臨床の現場で感じるアンメットニーズに対し、京都大学の基礎講座で開発された興味深い研究シーズをうまく活用することができないか、日々の様々な情報交換の機会を活用し、有望なシーズがあれば共同研究を提案し、その有用性を検証しています。
- Kikuchi O, et al. Novel EGFR-targeted strategy with hybrid peptide against oesophageal squamous cell carcinoma. Sci Rep. 2016;6:22452.
- Ohashi S, et al. Preclinical validation of talaporfin sodium-mediated photodynamic therapy for esophageal squamous cell carcinoma. PLOS ONE. 2014;9(8):e103126.
⑤臨床の現場から提案した基礎研究課題の草案
我々が日常臨床の現場でがんに対する集学的治療を行う中で生じる疑問は、基礎研究を行う研究仮説としてとても大事なものです。我々の研究グループが近年報告した、「免疫チェックポイント阻害剤による放射線アブスコパル効果誘導に関する基礎検討」も、臨床現場から生じたリサーチクエスチョンを直接研究テーマにしたものです(論文13)。このようにして生まれた研究課題はとてもメディカルニーズが高いテーマとなります。我々の研究室はこうした研究の土壌を大切にして基礎研究に取り組んでいます。
- Baba K,et al. Experimental model for the irradiation-mediated abscopal effect and factors influencing this effect. Am J Cancer Res. 2020;10(2):440-453.
⑥基礎研究から臨床応用まで到達させた研究業績
我々の研究室で基礎研究から臨床応用まで到達させた研究成果が、「放射線化学療法施行後の遺残再発食道がんに対する光線力学療法に関する研究」です。初めは臨床研究として2002年頃より開始された研究ですが、その有効性に確かなものと実感し、学会報告や論文報告を通じて発信する中で、その有用性が広く社会に認識され、多くの人がこの治療法の臨床応用を期待するようになりました。その後、PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)にこうした医薬品・医療機器を新規に臨床応用するためにどういったプロセスが必要なのかについて適切にアドバイスを受けながら、研究者、企業、他大学を含む多くの医療従事者が臨床応用を目指し、from bedside to bench, bench to bedsideを実現させた研究成果です。我々の基礎研究グループは、こうした医薬品開発に必要なGLP(Good Laboratory Practice)レベルの非臨床試験を担当しました。その後に、医師主導治験(臨床試験)が行われ、厚生労働省からの薬事承認、保険収載を経て、現在臨床応用されています。このような研究に関わることができるのが当講座の研究室の最大の魅力であると考えます。